カワサキの話
さて、読み返した訳ではないが…
このブログを書いている記憶を思い返すと、「川崎は嫌い」と誤解されかねない事に気が付いた(遅いか…)
電気・電子、制御装置オンリーは別として、僕は機械装置メーカーは全般的に嫌いな会社が少ない。
無論の事、川崎重工も大好きな会社である。
新明和やFHIに比べると一段下がるけど、新三菱重工時代を除けば川崎は三菱並みに好きなメーカーだ。
なんだか飛行機の話になっているが…
勿論、カワサキの単車に好きなものもある。
以下に続く
バイク乗りの川崎の印象は、一般的にカワサキだが…
「川崎」自体の歴史は、その製造するモーターサイクルの歴史など比にもならない位永い。
「カワサキ乗りに嫌いな人間が多いからだ…」
と書いた記憶が鮮明にあるが、これは事実であり、その理由と「川崎」の歴史には、僕の中では密接な関係がある。
現代のカワサキ男の多くは、アメリカ→カワサキ的な思想が多い。
これは、必然的な結果であり否定は出来ないのだが、理由は「川崎はエンデュランス」だからなのだ。
川崎重工の前進の話をするとややっこしくなるので、簡単にサラッと書いてみる。
無論、簡単に書くのだから粗筋オンリーで、裏づけ調査も無い。よって、誤記や勘違いがあっても「ご愛嬌」にして欲しいと思う。
川崎は、鉄鋼業に祖を成す造船業の一部が分化して出来た。
平たく言うと、ある鉄鋼会社の造船部門における一製作所が独立したものである。
川崎造船所に祖を成す川崎航空機の誕生だ。
自動車業界には、三菱と富士という航空機製造業から転進した会社が有るが、二輪メーカーには川崎しかない。
また、現三菱重工と三菱自動車の前進となる「新三菱重工」も、今で言うスクーターを作っていた歴史がある。いわゆる「戦後の話」である。
今や多く語られる事はないが、戦後の二輪製造メーカーは100社以上有ったと言われるくらいで、その多くが実用車を製造していた。
平たく言うと、「ネコ(一輪車)や風呂釜、鍋に自転車」なんていう実用品を造るしかない時代から脱する過渡期の話で、今では考えにくいが「売り物作らないと飢える時代」だったのだそうな。
4輪の製造もそうであったように、2輪のメーカーも殆どが店じまいして、今では4社程度になったわけだが、「貧乏だったから」というよりも「通産省の国策的仕業」が多いのも確かだ。
当時を生きた人間ではないので、このことについてとやかく言う資格は持たないだろうが、工芸品の国から工業輸出国になったのは、国策のお陰でもあるのだろう。
ただし、同じ敗戦国のイタリアとは違う経路を辿ったのも事実で、どちらが幸せか?というと意見の分かれるところだろう。
それこそ、イタリアの小規模メーカーはレースに救われ、その後衰退し、無くなったところも五万とあるのだが…この辺は大陸と島国の差や、社会文化の歴史や芸術や娯楽の歴史が違うので、日本が同じ道を歩めたかという事には言及できないと思う。
少なくとも、経済の話に的を絞れば、イタリアを揶揄する日本人は居ても、羨望する人間は少ないかも知れない。
さて、恒例の如く脱線したが…
船造る→飛行機の時代来る→飛行機造って見る→独立する→大きくなる→敗戦→バイクも造る…
カワサキ発祥の歴史を大略すると、こんな感じか…
脱線話の過渡期を脱する頃、日本のモーターサイクル文化にも変遷が訪れる。
それまで、実用車を造って来たが、2輪メーカーとして大成するために海外に進出していくのだ。
その過程で、カワサキが銘を成したのが、エンデュランス=耐久レースだったのだ。
つまり、カワサキはビックバイクメーカーではなくて、エンデュランス屋なのだと思う。
カワサキと言えば「Z系」であるが、僕も「Z」が全般的に嫌いな訳ではない。
何を隠そう、ローソンレプリカ系カエルカラーには憧れたクチだ。
嫌いなのは、GPZ以降のカワサキ乗りで、Z系には既にその血色が入っているので、Zが嫌いではなく「男カワサキ」が嫌いなのだ。
いわゆる「GPZニンジャ」である。
「ウェストコースト文化的なZ」が嫌いなのだ。あれはモーターサイクルではなく、モーターバイクだからだ。
俗に言う、スクールとかチョッパーなどの過渡期を過ぎたアメリカン思想が嫌いなのである。ボバーが嫌いなのではない。
一言で言うと、好きな奴が自分が好きなように造った物は認めるが、「アメリカンですよ」と銘打った量産工業品を作ったのと、それに乗っかったのが許せない訳だ。
そんなに欲しければ、自分でカスタムすれば良い。
と、思う訳だ…
ただね、アメリカン乗りやカッコ付けるライダーが嫌いな訳でもない。
個人感だから誤解されないように書くのはとっても難しいのだけど…
「男カワサキ」といいながらも「カワサキ同士で徒党組む」のが気に入らない(笑)。
結局、バイクがどうとか以前に、カワサキ繋がりなだけの「知人」な訳でしょ?
そんなところに、友情もドラマも、情熱すらも存在し得ないでしょ…
有るとすれば、傷を舐め合う的な「感傷的な関係」?
故に、そういう集団に「テメー、カワサキじゃないジャン」、「アメリカンじゃないから仲間じゃない」といわれた事が多々あり、また同様にハーレーもそうだ。
「あんたら、自分ら以外バイク乗りじゃないって言うけど、別に存外に扱う前に認め合えば良いジャン」
という訳だ…
カワサキの好きなバイクは、これまた2ストが多いのだが…
今回は、一台だけ名前を挙げてみよう。
「A7アベンジャー」だ。
何はともあれ、「世界最高速」を目指したマシンである。
こうした、情熱的な機械は好きだ。
最近、リベンジ(revenge)は良く聞く様になったが、アベンジ(avenge)も復讐という意味だ。違いは、私怨的なものなのか、悪に対して敵を討つのか、だろう。
アベンジャーは、復讐者という意味だ。
乗った事は無いが、A7は観て聴くだけで感じる物のあるモーターサイクルだ。
愛称にこめられた意味も伝わってこなくも無い。
このバイクについては名車だから調べれば情報も多いはずで、いちいちカワサキ派でもない僕が注釈を入れる必要も無いだろう。
カワサキ好きは、一度調べて欲しいと思う。
マッハもスゲーけども、そんなん目じゃなく感動的な機体だ。
機械は道具だし工業品だけど、創り出すのは人間の仕業だ。
少なくとも、何かそこから感じるものはあるはずで、最新高性能だから良いというだけの物でもないはずだ。
個人的に、そういった情熱的なものや、開発者の苦悩が伝わってくるものは好きだ。
日本のメーカーは全般的に歴史を闇に葬るのが好きだと思うが、駄作だろうと傑作だろうとも、形として過程を歴史に残す事は有意な筈だ。
モノ創りに携わる人間の観点で言えば、良く売れた量産機を見るよりも、駄作だろうとも経緯の解る形あるものを見るほうが何倍も為になると思う。
また、創った人間にしかその歴史を残す事は出来ないとも思う。
書籍や資料ではなく、経済的に非合理でも現物を残して欲しいものだ。
いくら時代の進みが速くなっても、テキトーに創られた機械は無いと思う。
一時の金儲けの為だけにテキトーに創られた物等あれば、悲しい事だ。
調べれば分かるが、アベンジャーも決して「完全な工業製品」では無い。
スピードと加速を得るという事を度外視すれば、完全どころか駄作に近い(笑)。
非合理だし、危険だし、環境にも悪い(笑)。
そうまでしても、世界最速を造る事には意義があった筈で、それを創った川崎は偉いのだと思う。
だから、僕は「川崎が嫌い」なのではない。
川崎は好きだ。
カワサキ文化に疑問があるだけで…
正確には、カワサキ乗りが嫌いな訳でもない。


コメント